『意思決定は機械的な仕事ではない。リスクを伴う仕事である。それは判断力への挑戦である。大切なことは、問題への答えではなく、問題についての理解である。』

P.F.ドラッカー,(引用元:マネジメント【中】第37章
代表取締役 瀧野 雅一

 意思決定は判断です。いくつかの選択肢からの選択です。しかし、決定が『正しいもの』と『間違ったもの』の中からの選択肢であることは稀です。せいぜいのところ、『かなり正しいもの』と『おそらく間違っているもの』からの選択になります。はるかにに多いのは、一方が他方よりも、たぶん正しいとさえいえないような二つの行動からの選択です。選択肢のない状態(『そうするしかない』という状態)では、意思決定は必要ありません。例えば、機械が故障して動かなくなった場合は、修理して動くようにするしかないのです。

 正しい決定は、共通の理解と対立する意見、競合する選択肢をめぐる検討から生まれます。何についての意思決定かを明らかにするには、意見からスタートしなければなりません。問題に対する答えは人によって違います。しかし答えの違いの多くは、認識の違いから生じます。したがって、いかなる認識の仕方があるかを明らかにすることが、効果的な意思決定の第一歩となります。

 意思決定は意見からスタートせざるをえません。最初から事実を探すことは好ましいことではありません。なぜなら、すでに決めている結論を裏付ける事実を探すだけとなるからです。見つけたい事実を探せない者はいません。現実に照らして意見を検証するための唯一の方法は、まず、意見があること、また、そうでなければならないことを明確にすることです。こうした認識があって、初めて、仮説からスタートしていることを忘れずに済むのです。

 仮説は論ずる者ではなく、検証すべきものです。いずれの仮説が有効で真剣な検証に値し、いずれの仮説が検証によって排除されるかが明らかになってきます。したがって、まず初めに、意見を持つことを推奨しなければならないのです。同時に、探すべきもの、調べるべきもの、検証すべきものがなんであるを徹底的に考えることを習慣として身につけなければならないのです。

○『正しい』という思い込みの危険

 一つの行動だけが正しく、他の行動が全て間違っているということはありません。それは「自分が正しく、あなたが間違っている」と言っていることに等しいからです。

 ただし、意見の不一致の原因は突き止めておかなければなりません。もちろん、ばかなものもいれば、無用の対立をあおるだけの者もいることは、承知しておく必要はあります。しかし、明白でわかりきったことに反対する者をばかか悪者に違いないと思ってはいけません。反証がない限り、反対する者も知的で、公正であると仮定しなければなりません。そのような時は、「自分とは違う現実を見ているかもしれない」、「自分とは違う問題に気づいているかもしれない」と考えなければなりません。誰が正しくて、誰が間違っているかではなく、問題の理解に関心を持つことが重要です。

※次回に続きます
○意見の不一致の必要性
○意思決定は必要か
○妥協